雑草は食材になる?
植物から始まった
僕のメキシコ料理
スベリヒユ、マリーゴールド、
そしてメキシコのケリーテス
畑に生えている草を見て、 「これは雑草だろうか?」 それとも 「料理に使える植物だろうか?」 と考えることがあります。 実はこの感覚は、 僕が料理に興味を持った原点にも つながっています。
タコドールでは、 メキシコ料理について さまざまなコラムを書いています。
その中で 「ケリーテス」という メキシコの食文化を 改めて調べる機会がありました。
ケリーテスとは、 メキシコで古くから食べられてきた 食用の若葉や野草などの総称です。
調べているうちに、 「これは自分が料理人を目指した 原点にかなり近いな」 と感じました。
原点は、 祖母と植物の知識
僕が植物に興味を持つ きっかけのひとつに、 祖母の存在があります。
祖母は漢方に詳しく、 身近にある植物についても いろいろな知識を持っていました。
身体の~にはこの葉を煮出した漢方、 こっちの症状にはこれ... 子どもの頃から そうした話に触れていると、 植物を見るときの感覚が 少し変わってきます。
食べられるもの。 香りを楽しむもの。 暮らしの中で使われるもの。
同じ植物でも、 知識を持って見ることで まったく違うものに見えてきます。
今振り返ると、 そんな感覚が 僕の料理への興味の 最初の入り口だったのかもしれません。
そこから興味を持った ネイティブアメリカンの文化
植物と人間の関係に興味を持つ中で、 次第にネイティブアメリカンの 文化にも惹かれるようになりました。
自然の中にあるものを利用し、 植物を食べ物だけではなく、 暮らしや文化と結びついたものとして 捉える考え方です。
もちろん、 北米には非常に多くの 先住民族が存在するため、 「ネイティブアメリカンの文化」を 一つの考え方として まとめることはできません。
それでも、 さまざまな地域の文化を知る中で、 土地にある植物を知り、 それを暮らしに生かすという 人と自然の関係に 強く興味を持つようになりました。
そして、 メキシコ料理へ
その興味は、 やがてメキシコの文化や メキシコ料理にも つながっていきました。
メキシコ料理を深く知っていくと、 とうもろこしや唐辛子だけでなく、 土地に生える植物を とても幅広く利用していることが 分かります。
ノパル、 オハ・サンタ、 エパソテ、 パパロ、 ワウソントレ、 ベルドラーガなど。
日本では あまり知られていない植物も、 メキシコでは 日常の食材として使われています。
そして、 その文化を象徴する言葉のひとつが 「ケリーテス(quelites)」 です。
ケリーテスとは、 「雑草を食べる文化」なのか?
ケリーテスとは、 メキシコで食用にされる 若い葉、茎、芽、花などを 広く表す言葉です。
特定の植物の名前ではなく、 数多くの植物が ケリーテスとして利用されています。
中には、 畑に自然に生えてくるため、 現代の農業では 「雑草」として扱われる植物もあります。
しかし、 伝統的な農の知識では、 それをすべて 邪魔な草として取り除くとは限りません。
食べられる植物を見分け、 必要なものを残し、 季節になれば収穫して 料理に使います。
その違いを作っているもののひとつは、 植物そのものではなく、 「それをどう使うかを 人が知っているかどうか」 なのかもしれません。
畑に生えている スベリヒユ
このケリーテスという文化を知って、 特に身近に感じた植物があります。
スベリヒユです。
畑では、 夏になると地面を這うように どんどん育つ植物です。
日本では雑草として 抜かれてしまうことも多い植物ですが、 メキシコでは verdolaga (ベルドラーガ) と呼ばれ、 食材として親しまれています。
肉厚な葉と茎には 独特のみずみずしさと ほのかな酸味があります。
メキシコでは、 豚肉とベルドラーガを サルサ・ベルデで煮込む 家庭料理などがあります。
自分の身近な畑に 普通に生えている植物が、 メキシコでは昔から 食文化の一部になっている。
これは僕にとって、 とても面白い発見でした。
花や葉も 料理の一部になる
タコドールでは、 料理によって マリーゴールドの葉や花を 飾りなどに使うこともあります。
花は、 料理をきれいに見せるだけの 存在ではありません。
香りや季節感、 その土地らしさを 一皿の中に加えることができます。
メキシコでも、 花や葉を食や暮らしに取り入れる 長い文化があります。
特に有名なのが、 死者の日を象徴する センパスチル (cempasúchil) です。
鮮やかなオレンジ色の花は、 死者の日の祭壇や 墓地を彩る植物として メキシコ文化と 深く結びついています。
僕が惹かれたのは、 「レシピ」だけではなかった
メキシコ料理に興味を持った理由を 改めて考えてみると、 タコスの作り方や サルサのレシピだけに 惹かれたわけではなかったように思います。
とうもろこしを育て、 唐辛子を乾燥させ、 畑に生える葉を摘み、 石で挽き、 火を使って料理する。
そこには、 土地と人と料理が 直接つながっている感覚があります。
料理とは、 スーパーで買ってきた材料を レシピ通りに組み合わせることだけではない。
そんなことを考えるところから 料理は始まる。
その感覚が、 僕がメキシコ料理に 惹かれた理由のひとつなのだと思います。
料理人としての原点を 振り返ってみると
身近な植物にも 名前や役割があることを知り、 植物そのものに興味を持つ。
```植物を食や暮らしに生かす文化から、 ネイティブアメリカンをはじめとする 先住民族の文化へ興味が広がる。
```とうもろこしや唐辛子、 野草、香草などを 土地の文化と結びつけてきた メキシコ料理に惹かれていく。
```食材そのものだけではなく、 その背景にある文化や歴史を知り、 料理として表現することに 面白さを感じるようになる。
```メキシコ料理を作りながら、 日本の土地にある食材や 自分自身の経験も重ね、 タコドールの料理を作っていく。
```「本場を再現する」だけではなく
メキシコ料理を作る以上、 メキシコの伝統や 現地の味を知ることは とても大切だと考えています。
その一方で、 メキシコと日本では 気候も土地も 手に入る食材も違います。
だからこそ、 メキシコ料理の形だけを コピーするのではなく、 「なぜその食材を使うのか」 「なぜその料理が生まれたのか」 という背景まで知りたいと思っています。
土地にある植物を知り、 その特徴を生かして料理する。
そう考えると、 日本の畑に生えるスベリヒユを メキシコ料理に取り入れることも、 単なるアレンジではなく、 メキシコ料理が持つ 食文化の考え方と どこかでつながっているように感じます。
身近な植物を見る目が 少し変わる
ケリーテスを知ると、 畑や道端を見る目が 少し変わります。
今まで 「雑草」としか思わなかった植物にも、 名前があります。
そして世界のどこかでは、 それを料理にしたり、 香りを楽しんだり、 暮らしの中で利用している人が いるかもしれません。
もちろん、 野生植物には 食べられないものや 有毒なものもあります。
だからこそ、 「何でも食べてみよう」 という話ではありません。
大切なのは、 身近にある植物を知ろうとすること。
その知識の積み重ねが、 昔から世界各地の 食文化を作ってきたのだと思います。
タコドールの料理の原点
祖母から聞いた植物の話。
漢方への興味。
ネイティブアメリカンの文化への関心。
そして、 メキシコ料理との出会い。
一見すると 別々の出来事のようですが、 今になって振り返ると 一本の線でつながっているように感じます。
畑に生えている 一株のスベリヒユからでも、 世界の食文化へ 話を広げることができます。
タコドールでは、 料理を作るだけでなく、 その向こう側にある 植物、土地、歴史、 そして人の暮らしまで 少しずつお伝えしていけたらと思います。








